アンチエイジングの原因となる老いについて

若さとは、実にいいものです。人は人生の秋を感じれば感じるほど、若き日を懐かしく思い起こすもののようです。あのころに戻れたらと、心から思える至福のときが、さまざまなシーンとともに鮮やかによみがえってくる人も多いことでしょう。心身に活力がみなぎり、未来は可能性にあふれでいました。万巻の書を読破する気概は揺るほどなくして生命の神秘も解き明かされ、社会の不正もすべて正されるはずでした。チャレンジすれば、すべては成し遂げられる、それが仲間たちとの問に流れる暗黙の了解でした。

しかし、青春はまた、「美しき惑いの年ごろ」でもあります。受験の失敗、友の裏切り、失恋、輝きがあれば影があるように、若さには必ず挫折がついてまわります。

若いがゆえのフラストレーションは親、大人、社会への反発となり、反体制運動への火種となりました。これが内へ向かえば、現在のような不登校や家庭内暴力、ひきこもりなどになっていきます。

青春は社会へ出る準備期間であり、その不安定さが理想と現実のギャップに目もくれずに突っ走るエネルギーになっているのかもしれません。それだけに青春を「卒業」して社会に出るころには、社会の矛屑に対して立ち向かう意欲を失い、醜い妥協さえ試みるようになります。晴れて、大人の仲間入りというわけです。若返りとは、アンチエイジングとは、そんな青春の時代に向らを引き戻すことなのでしょうか。それは果たして可能なのでしょうか。

青春時代の狂熱が去り、ふと気づいたときには、老いが静かに忍び寄ってきています。しばしば私事をはさんで恐縮ですが、老いは実感を抜きには語ることのできないものです。ご容赦をいただきたいと思います。

いまでもはっきり覚えている老いの自覚体験は、ある朝、ヒゲを剃ろうと思って鏡に向かったときのことでした。なんと、ヒゲの中に数本の白いものを見つけたのです。

50歳を過ぎたころでしょうか、それまで年齢など意識したこともなかったのに、まさに肉体に裏切られた思いがして、激しいショックを受けたものです。

その当時、いまでいうアンチエイジングの先駆けで、形成外科医として女性たちのシワ仲ぱしの手術にかかわっていました。内心では、たかがシワの1本や2本で回復に1週間も10日もかかる手術を受けるなんてと、医師としてあるまじき感想を抱きながら、時日毎日、シワを吊り上げては切り取っていたものです。
しかし、自分のヒゲの中に白いものを見つけて、いっぺんに目が覚めました。男の自分がこんなにショックを受けるのだから、女性にとってシワの1本2本がいかに大問題であるか、実感として理解できたのです。

以後、老いは確実にやってきました。まずはお定まりですが、人の名前がすぐに出てこなくなります。時差ボケも激しくなり、日本と欧米との問の移動で、それまでは感じたこともなかったのに、治すのに1週間もかかるようになっていきます。体力も確実に落ち、学会などで週末がつぶれると、翌週にできめんに響くようになりました。
しかし、こうした老いの兆候がいかにたくさん出てきても、自覚できているうちはまだ救いがあるように思えます。問題は自覚そのものが老いてしまい、なくなっていくことではないでしょうか。その代表的症状に次の2つがあげられます。

まずは、頭の固さです。年をとると、「あいつは動脈硬化がきてるから・・・」などと、多くの人が頭の柔軟性を失うようにいわれます。

しかし、これは本当でしょうか。事実なら、動脈硬化が脳の機能の柔軟性を奪うという確たる証拠を示してほしいすかものです。逆に、年をとって丸くなったとか、酸いも甘いも噛み分けるようになったなどという表現もよく耳にします。確かに新しい事態に対応する能力は欠けていくかもしれませんが、必ずしも全員の頭が固くなるというわけではないように思えます。

もうひとつは、嫉妬心です。加齢とともにすべての能力が衰えていくなかで、目の前には次代を担う若者たちが立ちふさがってきます。そこで老いたライオンのように自らの身を守ろうとすることが嫉妬心につながるのでしょう。嫉妬などしていないと叫ぶお年寄りほど、頭の柔軟性を欠いている例が多いのは確かなようです。